京都地方裁判所 平成8年(行ク)10号 決定 1997年3月11日
申立人 杉原昌治 外二七名
相手方 田邊朋之
主文
本件申立てをいずれも却下する。
理由
第一申立ての趣旨
当庁平成七年(行ウ)第二七号損害賠償請求事件の被告を、田邊朋之から、別表記載の番号1の支出につき別紙一被告目録記載一の薦田守弘に、別表記載の番号2ないし8の各支出につき別紙一被告目録記載二の佐藤達三に、別表記載の番号9、10、14、17の各支出につき別紙一被告目録三の西村正信に、別表記載の番号11、12、15、16、18の各支出につき別紙一被告目録四の内藤俊夫に、別表記載の番号13、19、20の各支出につき別紙一被告目録五の内田俊一に、当庁平成七年(行ウ)第二五号、同八年(行ウ)第一三号損害賠償請求事件の被告を、田邊朋之から別紙一被告目録五の内田俊一に、それぞれ変更することを許可する。
第二申立ての理由
別紙二のとおり。
第三相手方の意見
別紙三のとおり。
第四当裁判所の判断
一 基本事件記録によれば、以下の事実が認められる。
1 基本事件訴訟(当庁平成七年(行ウ)第二五号、同年(行ウ)第二七号、平成八年(行ウ)第一三号損害賠償請求事件)は、いずれも申立人らが相手方を被告とする訴えであるところ、その請求の内容は、申立人らが、京都市と京都市土地開発公社との間における別表記載の各土地売買契約締結及び右契約に基づく各公金支出には適正価格を不当に上回る違法があることを理由に、地方自治法(以下「地自法」という。)二四二条の二第一項四号前段の規定に基づき、右公金支出について相手方が同号の「当該職員」に該当するとして、京都市に代位して、相手方に対し、各支出額と適正価格との差額に相当する損害賠償金及び遅延損害金の支払いを請求するものである。
2 相手方は別表記載の各公金支出がなされた当時京都市長の地位にあった。
一方、薦田守弘は別表記載の番号1の支出がなされた当時、佐藤達三は別表記載の番号2ないし8の各支出がなされた当時、内田俊一は別表記載の番号13、19、20の各支出がなされた当時、いずれも京都市助役の地位にあり、慣行に基づき京都市土地開発公社との間の土地売買契約締結及びそれに伴う経費支出に関する専決権限を有していた。また、西村正信は別表記載の番号9、10、14、17の各支出がなされた当時京都市都市整備局長の地位にあり、京都市の局長専決規程(昭和三八年五月一八日訓令甲第二号)三条別表第一局長の項(18)に基づいて一件八〇〇〇万円以下の不動産買収に係る支出決定及び支出負担行為に関する専決権限を、内藤俊夫は別表記載の番号11、12、15、16、18の各支出がなされた当時京都市都市整備局都市建設部長の地位にあり、同専決規程三条別表第一庶務担当部長の項(7)に基づいて一件一〇〇〇万円以下の不動産買収に係る支出決定及び支出負担行為に関する専決権限を、それぞれ有していた。
二1 そこで検討するに、地自法二四二条の二第一項各号に規定する住民訴訟には民衆訴訟に関する行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)四三条の規定の適用がある(地自法二四二条の二第六項)ところ、民衆訴訟のうち、処分又は裁決の取消しあるいは無効確認を求めるもの以外のものについては、行訴法三九条及び四〇条一項を除き当事者訴訟に関する規定が準用される(同法四三条三項)。そして当事者訴訟に関する行訴法四〇条二項によれば、出訴期間の定めがあるものには同法一五条が準用される。そうすると、行訴法一五条は民衆訴訟のうち、処分又は裁決の取消しあるいは無効確認を求めるもの以外のもので、かつ出訴期間の定めのあるものに準用されることとなる。
基本事件訴訟は、前記第四の一1項に説示したとおり、地自法二四二条の二第一項四号前段の規定に基づく住民訴訟であり、同条二項によれば出訴期間が定められているから、民衆訴訟のうち、処分又は裁決の取消しあるいは無効確認を求めるもの以外のもので、かつ出訴期間の定めのあるものに該当する。
したがって、基本事件訴訟には行訴法一五条の規定が準用されると解すべきである。
2 ところで、行訴法一五条の趣旨は、被告を誤ったことによる出訴期間徒過という原告の不利益を救済する点にあるから、同条の「被告とすべき者を誤った」とは、誤って当該訴訟において被告適格がない者を訴えたという意味に解すべきである。
これに対し、申立人らは、地自法二四二条の二第一項四号前段の規定に基づく住民訴訟において被告適格を有する者を訴えた場合であっても、その者の損害賠償責任を立証することが極めて困難な場合には行訴法一五条の「被告とすべき者を誤った」場合に該当すると主張する。しかし、同条の趣旨について前述したところに照らすと、申立人らの主張を採用することはできない。
そこで本件についてみると、第四の一2項に説示したとおり、相手方は別表記載の各公金支出がなされた当時京都市長の地位にあった者である。したがって、財務会計上の行為に関する権限を法令上本来的に有する者といえ、地自法二四二条の二第一項四号前段所定の「当該職員」に該当する(最高裁判所昭和五五年(行ツ)第一五七号・同六二年四月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻三号二三九頁、同裁判所平成二年(行ツ)第一三八号・同三年一二月二〇日第二小法廷判決・民集四五巻九号一五〇三頁参照。)から、相手方は被告適格を有する者といえる。
したがって、基本事件訴訟は被告適格を有する者を被告とする訴えであるから、行訴法四三条三項、四〇条二項によって準用される同法一五条の「被告とすべき者を誤った」場合に該当しない。
以上によれば、本件において行訴法一五条を準用することによる被告の変更は許されないというべきである。
第五結論
以上のとおり、申立人らの本件申立てはいずれも理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 大出晃之 芦澤政治 吉岡茂之)
別紙一 被告目録、別表<省略>
別紙二
第一 一、原告(申立人)らは、二条駅地区土地区画整理事業の減価補償金に相当する金額によって、旧国鉄二条貨物ヤード跡地を取得するために京都市土地開発公社との間で売買契約を締結したこと及び右土地の取得のために公金を支出したことに関し、当時京都市長であった田邊朋之を被告として京都市に対して損害賠償するよう求めて、地方自治法第二四二条の二に基づき本件住民訴訟を提起した。
二、原告(申立人)らは、本件住民訴訟を提起した段階時点では、本件土地売買契約及び本件各公金支出の書類(支出決定書や支出命令書等)を入手したり、閲覧したりすることができなかったため、本件につき支出権限を有している京都市長であった田邊朋之を被告として本件住民訴訟を提起したのである。
三、ところが、本件住民訴訟の審理の過程で、被告提出の乙第七三乃至九一号証、被告の平成七年一一月一〇日付準備書面及び同日付答弁書に基づき本件土地について京都市土地開発公社との間で売買契約を締結すること及び売買代金を京都市土地開発公社に支出することは、当時京都市長であった被告田邊朋之がそれぞれ補助職員であった申立の趣旨記載の各被告に専決(代決)させたものであり、当該被告がそれぞれ支出決定していることが判明した。
四、そこで、原告(申立人)らは、行政事件訴訟法第一五条第一項により、申立の趣旨記載の各被告を別表記載の番号に対応する各売買契約及び代金支出につき本件被告に変更することを許可する旨の決定を求めるものである。
第二 一、被告は、地方自治法二四二条一項四号に定める代位請求訴訟における「当該職員」と行政事件訴訟法一五条一項に定める「被告とすべき者」とを同一視するという誤りを犯しており、到底正当なものとはいえない。以下、その理由を述べる。
二、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」には直接不法行為を行った職員だけでなく、財務会計行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者すなわち普通地方公共団体の長も含まれることについては、従前から判例はこれを肯定してきた。
例えば、最高裁昭和五三年六月二三日判決(判例時報八九七号五四頁)は、「代位請求訴訟の構造にかんがみれば、右訴訟の被告適格を有する者は右訴訟の原告により訴訟の目的である地方公共団体が有する実体上の請求権を履行する義務があると主張されている者であると解する」と判示して、収入役の不法行為につき、町長の被告適格を認めたのである。
また、最高裁昭和六二年四月一〇日判決(判例時報一二三四号三一頁)は、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」とは、「当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味」すると判示したのである。
右判例の立場からいうならば、本件においては京都市長であった被告田邊朋之は、本件各公金支出という財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者であるから、当然「当該職員」に該当し、右公金支出につき責任を負うものと考えられていた。
三、ところが、最高裁平成三年一二月二〇日判決(判例時報一四一一号二七頁)は、普通地方公共団体の長がその権限に属する一定の範囲の財務会計上の行為をあらかじめ特定の補助職員に専決させている場合について、「右専決を任された補助職員が管理者(普通地方公共団体の長と同視すべき地位)の権限に属する当該財務会計上の行為を専決により処理した場合は、管理者は右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右補助職員が財務会計上の違法行為を阻止しなかったときに限り、普通地方公共団体に対し、右補助職員がした財務会計上の違法行為により当該普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である」と判示して、普通地方公共団体の長に損害賠償責任を負わせるにつき、補助職員に対する指揮監督上の義務違反を要件としたのである。
右判例によれば、住民は普通地方公共団体の長の補助職員に対する指揮監督上の義務違反の事実を立証しなければならなくなるが、住民は行政の内部における具体的な指揮監督の実態を把握できる立場にはないので、右事実を立証することは事実上不可能である。そのため、普通地方公共団体の長がその権限に属する一定の範囲の財務会計上の行為をあらかじめ特定の補助職員に専決させている場合、各公金支出についてそれぞれ専決権限を有する補助職員を特定して被告にしなければ、本件のような代位請求にかかる住民訴訟においては、その目的を達しえないことになる。
本件住民訴訟においても、普通地方公共団体の長である被告田邊朋之がその権限に属する財務会計上の行為を行う権限を特定の補助職員に専決もしくは代決させており、右補助職員に対する指揮監督上の義務違反の存在が明らかでない本件では、それぞれ専決(代決)権限を有する補助職員を特定して被告にしなければ、損害賠償を目的とする代位請求訴訟はその目的を達しえないことになる。とりわけ本件では被告田邊朋之が答弁書において補助職員に対する指揮監督上の義務違反の不存在を主張して、原告らの請求を棄却するよう求めているのであるから、なおさらのことといわなければならない。
したがって、被告田邊朋之を代位請求訴訟の被告とした本件住民訴訟は、結局行政事件訴訟法一五条一項に規定する「被告とすべき者」を誤ったといわなければならない。
四、なお、付言すれば、被告田邊朋之を相手どって、被告変更許可を申し立てた時点では、本件の会計書類は証拠として提出しておらず、原告らにおいてこれを見ることができなかったのであるから、原告らが普通地方公共団体の長を被告としたことは止むをえなかったものである。その後、右会計書類が被告から提出されて専決(代決)権限を有する補助職員を特定することが可能となったのである。そこで、原告らは専決権限を有する職員を被告とするために被告変更の申立をおこなったものである。
以上のような諸事情を考慮すれば、原告らには行政事件訴訟法一五条一項にいう重大な過失はないのである。
別表売買契約及び公金支出との対応
番号1につき 薦田守弘(当時・助役)
同 2乃至8につき 佐藤達三(当時・助役)
同 9、10、14、17につき 西村正信(当時・都市整備局長)
同 11、12、15、16、18につき 内藤俊夫(当時・都市整備局都市建設部長)
同 13、19、20につき 内田俊一(当時・助役)
別紙三
第一 住民訴訟のうち本件のような代位請求訴訟において被告が所謂「当該職員」でないため、住民訴訟の類型にあたらない場合、行政事件訴訟法一五条(被告を誤った訴えの救済)を準用して被告の変更が許されるか否かについては肯定、否定の見解がありえる。
否定説にたてば本申立を棄却すべきことは明白であるが、右準用を肯定する見解にたっても、本件被告変更許可申立は棄却されるべきである。蓋し、行政事件訴訟法第一五条による被告の変更は右変更許可申立時において被告を誤っていること即ち被告適格を有しない者を被告とする訴訟が係属中であることが必要的要件であり、住民訴訟の代位請求事件に右一五条の準用を認める見解は、住民訴訟における係争関係につき、決定権限を有する職員(所謂「当該職員」)でない者を被告として提起された場合においてそのままでは住民訴訟の類型にあたらず訴えを却下されるのを救済するため、被告を当該職員に変更することを認めるものである。ところが本件においては被告田邊朋之が係争関係についての決定権限をもつ者、即ち当該職員であることは疑問の余地がなく、本申立は被告変更許可の必要的要件を欠き、棄却されるべきであることは明白である。
第二 被告は本件についての被告変更申立は不適法であり申立の却下を求める。
一、被告の意見第一のうち「棄却」とあるのを「却下」と訂正する。
被告の変更は被告適格のない者を誤って被告とした場合に限っての救済制度である。本件では被告田邊朋之が被告適格を有することは明らかで、被告の変更は認められない。
二、本件被告変更許可申立を却下すべき理由を以下の通り補充する。
1.本件では変更を許可された場合に被告となるべき者について地方自治法二四〇条所定の監査請求手続をへていない。従って被告変更を認めた場合、住民訴訟提起の要件を具備しないため、訴えは却下されることになり、無意味である。なお、住民訴訟提起の要件として監査請求手続を経るべきことを規定しているのは、違法な財務会計上の行政行為の是正を、本来最も適正に行いうる行政自体によって行わせようという趣旨であり、無視することは許されない。
2.本件の土地買受は行為のときからすでに一年以上を経過し、変更後被告とされる者についてはすでに住民訴訟の被告とされることがないという利益が確立している。本申立はこの住民訴訟手続上の利益を理由なく失わせようとするもので失当である。
3.原告の一九九六年一二月四日付被告変更許可申立書添付別紙番号一三乃至一八の土地の買受についての損害賠償請求はこれまで被告田邊朋之に対してなされてきていないものである。被告変更手続によって審理の範囲を拡大することは許されない。